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自分の暮らしを改めて見つめ直してみると、知らず知らずのうちに母から受け継いでいる“暮らしの知恵”に気付くことはありませんか?「ごはんは作りたての温かいものを」「玄関にはいつもお花を」など、母が暮らしの中で大切にしていたことが、今の暮らしに息づいていて、離れていても母の想いや母との絆を感じることができる。

やっぱり母は、いくつになっても自分にとって唯一の、特別な存在であり続けるのではないでしょうか。今回、「母の日」を前に、FOOD&COMPANYにゆかりのある暮らしの達人たちには、どのような母からの影響があったのか、暮らしにまつわる母とのエピソードをうかがいました。この機会に、あなたもお母さんへの想いを馳せながら、これからの暮らしのヒントを見つけてみませんか。

インタビューvol.1 釜浅商店4代目・熊澤大介さん

東京・合羽橋にて明治より続く料理道具専門店『釜浅商店』3代目の息子として生まれ、幼い頃から日本の伝統的な料理道具に囲まれて育った熊澤さん。老舗道具店の女将であったお母さんが大切にしていたことは何か、おうかがいしました。
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「母は日々の食事のなかで“季節感”を大切にしていました。
特に毎年春になると、近所の馴染みの八百屋さんから筍を買ってきては、ぬかで下ゆでをして、よくふきと一緒に煮ていました。『今しか食べられないから』と言って、ワンシーズンに何度も食卓に上るメニューで、母はその馴染みの八百屋さんから『筍博士』なんて呼ばれていましたね(笑)。結婚して家族の出来た今、その味は妻へ引き継がれ、もちろん今でも大好きなメニューです」

その他に、熊澤さんにとっての“母の味”は何でしょうか。

「筍ももちろんそうなのですが、なぜか今でも思い出すのは豚の角煮です。
幼い時にたぶん、数えるほどしか作ってもらってないと思うのですが、幼心にその味は相当インパクトがあったようで、普段は使うことのないセブ(現・ティファール)の圧力鍋をうやうやしく出して来て、調理するその姿とあいまって、今でも思い出に残っています」

最後に、いちばん思い出に残っている母とのエピソードはありますか?

「中高6年間、お弁当の学校だったのですが、その6年間、毎日5時半におきてお弁当を作り続けてくれました。『大変だからいいよ』というと『お弁当作るの好きだからいいの』と言っていたのを今でも覚えています。それなのに反抗期の時は『しょうがねえから持ってってやるよ!』なんて言ってたかな」

熊澤さんの母との思い出にはいつも“食”が中心にあります。そこには暮らしの基盤である食を大切にすることで、家族を支え続ける母の想いが表れていました。そして何より、楽しみながら向き合っている姿が印象的です。そんな母の姿は、老舗料理道具店の4代目として、伝統だけにとらわれることなく、今の暮らしに合った料理と道具の付き合い方を提案し続けている熊澤さんの今の姿にしっかりと受け継がれています。

皆さんも、思い出に残る「母の味」を通して、ご自身の食のルーツを見つめ直してみませんか。

熊澤大介

日本一の道具街、東京・合羽橋に明治41年創業の料理道具専門店『釜浅商店』4代目。南部鉄器、庖丁、フライパン、鍋など1000種類を超える道具を扱い、プロの料理人をはじめ、一般の人も多く来店する料理道具店の代表として、イベントなどにも積極的に参加し、国内外からも支持を集めている。http://www.kama-asa.co.jp/akamasa

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